※画像をクリックすると、別画面で大きい写真を表示します

2004年12月15日 

  椿花山 武蔵寺                                  

九州最古の寺といわれる武蔵寺(ぶぞうじ)。武蔵寺と二日市温泉のかかわりは深い。

二日市温泉の歴史は古く、孝徳天皇御世白雉四年飛鳥時代の発見で、以前は武蔵温泉と言い、吹田の湯・薬師の湯・西府の湯など時代と共に名称が変わっている。

当時の豪族で武蔵寺の建立者と伝えられる藤原虎麿(登羅麻呂)(ふじわらとらまろ)長者の一人娘の瑠璃子姫が流行病にかかったとき、武蔵寺の薬師如来のお告げにより発見された温泉に留璃子姫を入浴させると、たちまち病気が治ってしまった。これが二日市温泉のはじまりだそうだ。

境内には、「長者の藤」という立派な藤があり、筑紫野市の天然記念物に指定されている。藤原虎麿が自分の姓にちなみ「塔堂の盛衰は、この藤の盛衰にあらん」と誓って植えたと伝えられている。

天台宗椿花山武蔵寺 山門 山門そばの「温泉浚渫碑」
(大正4年建立)
本尊は椿樹の一木彫の薬師如来 紅葉が少し残っていた

 

樹齢1300年余といわれる長者の藤 今年4月28日の「長者の藤」 毎年4月末の藤祭りは
大勢の人でにぎわう
天拝公園にある
「筑紫野に立つ虎麿」の像



天拝山(てんぱいざん)の麓の武蔵寺境内には、「紫藤(しとう)の瀧」と「御自作天満宮」がある。

「天神さま」で知られる菅原道真が太宰府に左遷されたのは延喜元(901)年。その3年後、悲運の中に病死している。道真公は自分の無実を天に訴えるため、百余日間「紫藤の瀧」に打たれて身を清め、天拝山(標高258m)の山頂に登って七日七夜岩の上に爪立って祈り続けたところ、天から「天満在自在天神」と書かれた尊号が届いて願いが成就されたという。古い呼び方の「天判(てんぱん)山」は、その後「天拝山」と呼ぶようになったと伝えられている。

紫藤の瀧のそばには、みそぎをする時に脱いだ衣を掛けたという「衣掛石」がある。

御自作天満宮は、道真公が武蔵寺に参籠した時、自分の像を刻んで納めたと伝えられ、それが御神体となっている。全国天満宮の中で、道真公が彫った像が御神体なのはここだけとのこと。

菅公が身を潔めた「紫藤の滝」 左の高さ2m程の岩は「衣掛岩」 「紫藤の滝」のすぐ横が
「御自作天満宮」のぼり口
御自作天満宮


資料:筑紫野市歴史博物館「ちくしの散歩」

 


[ 戻る ] [ 進む ]