原のキリシタン墓碑

基本データ
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住所 大分県竹田市直入町長湯  ▼地図こちら(MapFanWeb)
訪問日 2005.3.19

久住から長湯へ向かう途中、県史跡の原(はる)のキリシタン墓碑の横を通った。

長湯地方が豊後キリシタン史上の先進地であり、日本八大布教地のひとつに数えられるほどだったとは初めて知った。



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INRI



Iesus Nazarenus Rex Iudeorum

「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」
白いお堂で覆われている T字型の墓碑
「INRI」の文字が刻まれている
現地にある
史跡案内パネル
史跡案内 原のキリシタン墓碑  (現地パネルより転載)

長湯地方は昔、朽網(くたみ)と呼ばれ、豊後キリシタン史上の先進地であり、1550年代から1580年代には信者数約300名に達していたといわれる。当時朽網は、府内、平戸、博多、鹿児島、山口、京都および堺とともに日本八大布教地のひとつに数えられていたほどである。(「耶蘇会士日本通信」による)

この墓碑はキリスト教が禁教とされる以前のキリシタン信仰華やかなりし頃のものであり、全国的にも珍らしいT字型の墓碑には「INRI」の文字が刻まれている。これはユダヤ人の王ナザレ(キリストの住んでいた町の名)のイエスの頭文字であるともいわれ、また、イエデス・ナザレガン・リーエックスというキリストの神という意味で礼拝物であったともいわれる。

昭和24年10月県史跡に指定された。

直入町・直入町観光協会



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