小天温泉 前田家別邸(夏目漱石 小説「草枕」の舞台)

基本データ
URL 草枕の里・天水町 > 前田家別邸
住所 熊本県玉名市天水町小天湯ノ浦(小天温泉)
電話番号
公開時間 9:00〜17:00
入館料 無料
訪問日 2005.5.21

「山路を登りながら、こう考えた。 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。」あまりにも有名な夏目漱石「草枕」の冒頭。

明治30年の暮、当時第五高等学校教授であった夏目漱石は、熊本での2度目の正月に同僚と二人で前田家別邸を訪れ、離れに宿泊、数日間ゆっくり過ごしている。明治39年、この旅をモデルに小説「草枕」を発表。作中、前田家別邸は「那古井の宿」、前田家は「志保田家」、前田案山子が「老隠居」、次女卓(つな)が「那美さん」として登場する。

新聞にて、小説の題材にもなっている“漱石の風呂”が修復され、公開されたと読み、風呂とあらば見に行かねばなるまいと、さっそく見学してきた。当時は珍しいとされていたコンクリート造りの男女の浴槽(いずれも縦約2.7m、横約1.8m、深さ約60cm)。この浴槽に漱石も実際に入浴したと思うと、感慨深いものがあった。ただし浴室には おりられないので、見学は上から見下ろす格好。



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西日本新聞より
(平成17年5月7日)
“小説草枕遺跡” 国道501号線から100m程入ると
道路に標識が出ている
「那古井の宿」
前田案山子別邸跡

修復工事を終えた「浴場」は、母屋を除く別邸敷地とともに、2005年4月24日から初めて一般公開されている。
入り口付近から見たところ
写真右側が浴場
本館跡
湯気抜きのある屋根が浴室
本館跡 説明パネル


浴場


 「草枕」で、「画工」が入浴しているとき、湯煙の中に「那美さん」が手拭を下げて湯壷へ下りて来る情景が描かれています。この真相は、後片付けを終えた卓が「女湯がぬるかったので、もう遅いから誰も居ないと思って男湯にはいって入ったら、夏目さんと山川さんがいたので慌ててとび出した」のだそうです。
 湯壺は半地下に掘り込んで造られています。これは、当時ポンプなどがなく、泉源より湯漕を低くして流下させるためにとられたものです。手前が男湯、奥が女湯となっていますが、湯口は男湯側のみにあります。このために、湯温が高い男湯へ入ろうとした卓と漱石の接近遭遇があの名場面を生んだもので、当時の世相の一端も窺えます。
 半地下部分は、当時としては大変珍しく、貴重な人造石(セメント)仕上げとなっていて、漱石をして「石に不自由せぬ国と見えて、下は御影で敷き詰め…やはり石で畳んである。」と見間違わせたほどのものです。小説では4段と書かれた階段も実際は7段あります。
(ホームページより転載)
浴場の説明パネル
7段ある階段で半地下におりる
(見学は上から、下りられない)
セメント仕上げの浴槽
こちらは男湯の写真
右側には、釜で沸かす
「上がり湯」が据えてあった
男湯だけにある湯口付近
装飾タイルが嵌められている


離れ


以前は、この離れの一部屋だけが「漱石館」として一般公開されていた。


離れ 説明パネル 入り口付近 離れの六畳の部屋 六畳の部屋の縁側から
庭に下りられる
六畳の部屋の内部 床の間には、漱石の絵の掛け軸と胸像の置物
 「草枕」で、主人公が回廊を引廻され階段を上がり下りしたりする「那古井の宿」の描写はこの別邸の地勢を生かした建物配置から生まれたものです。離れは正面から見ると2階のように見えますが、実際は平屋で、縁側から直接庭に出ることができます。
 現在残っている六畳の間に続いて4畳半の2部屋がありました。漱石らは4畳半の部屋と6畳の部屋を両方使っていたと思われます。
 「徘徊する振袖の女」は6畳の部屋からは壁に阻まれて見えないのですが、4畳半の部屋からは中庭を隔てて母屋の廊下を見ることができます。(ホームページより転載)
「草枕」の女主人公
那美さんこと前田卓子譲
庭から見た離れの建物

かんてらや

師走の宿に

寝つかれず

漱石
庭の北口付近にある句碑
裏には、明治30年 熊本時代の夏目漱石の姿



小天温泉 那古井館


小天に春を迎へて

温泉や
水滑かに
去年の垢

漱石
小天温泉 那古井館 那古井館の玄関先に
漱石の句碑がある
歩道の柵はみかんのデザイン

こちらを見学している頃、ちょうど正午を迎えたが、昼のチャイムは童謡「みかんの花咲く丘」のメロディーが流れてきた。




温泉めぐりモノグサ写真日記@九州  熊本県  2005年05月一覧


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