(筑紫野市原田) 中山正一家住宅


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基本データ
住所 福岡県筑紫野市原田7丁目4  ▼地図こちら(MapFanWeb)
備考 民家なので、見学は外からのみ。静かに見学すること。
訪問日 2007.7.24

新町・中山正一家
旧長崎街道に西面して屋敷を構え、主屋は街道に面して建つ。呼子屋と号して金物屋を営んだ安垣家が建てた町家で、後に医院として利用された後、昭和51年(1976)に中山家の所有となったという。建築年代は昭和6年(1931)とされるが、登記簿には大正9年(1920)とあり、大正9年原田大火後の建築とみられる。

主屋は平入りの本2階建て、屋根は入母屋造桟瓦葺き、奥に切妻造の角屋を出し、両側面にも下屋を降ろす。外壁は大壁に造り、軒裏は上裏に造って漆喰で塗り込める。2階正面は縦長窓を穿ち、両開きの鉄扉を付し、1階は雨戸を引き通して戸締りしていた。

1階内部は前土間形式で、北側に土間を通し、鍵の手に居室4室を南側に配する平面、2階は奥に続き間座敷、表に広い物置を配する平面に復原できる。南側に突き出た洋間は医院として利用された際の造作であろう。

2階座敷は10畳敷き、ヒノキ材を用い、紫檀の床柱を建て、長押を巡らし、狆潜り、違い棚、天袋、池袋、付書院を備え、実に華やかで、1階には間口6間、成550ミリメートルを測る巨大な人見梁が掛け渡され、いずれも大正後期の特色を示している。

医院として利用されたため、1階内部の改造が大きいものの、建築としての質は高く、原田に残された唯一の伝統的町家建築として貴重である。

出典:福岡県文化財調査報告書 第184集 長崎街道 歴史の道調査報告書 第1集 (平成15年3月 福岡県教育委員会)p.220



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道路南側から 南側から 中山正一家正面外観
二階正面 道路北側から 中山正一家現状断面図
出典:『福岡県文化財調査報告書第184集長崎街道』p.220
中山正一家復原平面図(一階、二階)
出典:『福岡県文化財調査報告書第184集長崎街道』p.220
中山正一家座敷
出典:『福岡県文化財調査報告書第184集長崎街道』p.220



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