佐賀県指定史跡 鵜殿石仏群

基本データ
URL 唐津観光協会相知支所HP より 佐賀県指定史跡 鵜殿石仏群
住所 佐賀県唐津市相知町和田 ▼地図こちら(MapFanWeb)
電話番号 問合せ 唐津市相知支所 0955-53-7125
営業時間 24時間開放
定休日
拝観料 無料、無料駐車場あり
訪問日 2011.3.31

(現地パネルより転載)
文禄三年に書かれた鵜殿山平等寺略縁起によれば、弘法大師空海が唐(中国)にて密教を学び、大同元年(806)に帰朝、松浦の地に着岸され当地に立ち寄られた。

空海はこの地が漢土の霊城にも劣らない法地であると、先ず中央の峭壁に観音、弥陀、釈迦の三尊を彫刻されると、異様の人が忽然として現れ、巌壁ごとに一切の諸菩薩、或いは諸天の形像を加刻して消え去った。その後、入唐八家の一人小栗栖常暁が、淳和天皇の天長年間(830年代)に洞窟内に鵜殿山平等寺を建立された。仁明天皇承和二年(835)には常暁の門弟が、空海作の薬師如来並びに日光、月光両菩薩像を安置した。以後、真言秘密の法窟として庶民の信仰はもとより、殊に上松浦党主岸嶽城主累代の尊崇は厚かったという。しかし、天文年間(1540年代)の龍造寺氏との戦いで灰塵と化したので、元亀年間中(1570年代)に、地頭の九我因幡守が之を再建し明王院と号した。(明治初期まであり、本尊薬師等は妙音寺に移す。)

今日では、かつての大洞窟も天井崩壊し、露天となり、昔日の面影としては密教色強い石仏群のみである。

造立年代については、学者の間でもまちまちで定説はない。しかし、相当長い年月の間に人々の信仰に沿って加仏されていることから、古くは平安から室町時代にかけてのものであろうと云われている。相知町教育委員会



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石仏の数から、臼杵の石仏(大分県臼杵市)に次ぐ規模といえる九州有数の石仏。中世の山岳仏教の面影を残す石仏は、60数体が確認されているそうだ。メインとなる石仏は、かなり細やかな線で彫られており、流麗で美しい。
左より、持国天、十一面観世音、不動明王、多聞天
大日如来
相知四国第八十八番霊場札所 ヤブツバキ



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